2026.01.06
移住者インタビューVOL.5_山下さん
目次
静岡県出身の山下道俊さんは、前職の転勤をきっかけに栃木県佐野市に移住。その後しばらく佐野市で生活をした後、2013年に栃木市での暮らしをスタートしました。元々はアパレル関係の仕事をしていたという山下さんですが、現在は「農事組合法人まがのしま」に勤務し、米や野菜の栽培に従事しています。なぜアパレルから農業の道へ進み栃木市へ移住をすることになったのか、そして現在の栃木市での暮らしぶりについて伺いました。
アパレルから農業の道へ。そして、栃木市へ
2006年に当時勤務をしていたアパレルの会社の転勤をきっかけに佐野市へ移住をした山下さん。アパレルと聞くと現在の仕事と程遠い存在のように思いますが、農業の道へ進んだきっかけについて山下さんは「私はアパレルの仕事でずっとものを売る仕事をしてきました。仕事の関係でレザー製品や織物などの工場を見学する機会があり、生産の現場をみると自分が生産したものを売りたいと漠然と思うようになったことがはじまりだったと思います」と話します。「当時、知り合いを通じて出会った人がちょうど農業を始めようとしていたタイミングで仕事の休みのときに少し手伝っているうちに、農業に深く関わるようになっていきました」と山下さん。
その後、アパレルの仕事を辞め本格的に農業を志しましたが「現実は厳しく、なかなかうまくいきませんでした。その状況を見かねた、現在勤務をしている栃木市岩舟町にある農事組合法人まがのしまの代表が『うちに来ないか』と声をかけてくれて、現在にいたります」。
そして、農事組合法人まがのしまに勤務をし始めた山下さんは、佐野市から岩舟町まで通っていましたが、代表や先輩の「農業者の家は畑に近い方が良い」というアドバイスもあり2013年に栃木市での生活をスタートしました。
「栃木に来てお母さんと思える人ができた」自らの行動で地域の人との距離縮める
「栃木県に移住をしてきてすぐ打ち解けられたわけではありませんでした」と山下さんは移住をしてきた当初を振り返ります。「栃木の人ってシャイなところがあるのかもしれません。移住してすぐの時には正直、周りと距離があるなと感じていました。けど、一度距離を縮められればすごく面倒を見てくれるんです」。
山下さんは移住してきた当初は周りとの距離を感じていたと言いますが、自ら行動をすることで少しずつ地域の方との距離も縮まっていったと言います。「私の場合は地域の料理教室に飛び込んで行きました。年配の方が多いコミュニティだったので、不思議がられましたがすごく良くしてもらって、それがきっかけで今ではお母さんのように思える人ができました」。
また、栃木市に引っ越しをしてきたタイミングで移住者向けのツアーに参加をしたという山下さんは、「地域のことを前向きに捉えている若者たちに出会った」と話します。「地域のことを誇りに思っている人と出会うことで自分も地域に関わりたいと思うようになりました」。そして、お祭りで山車をひいたり、地域の食文化を広める活動に参加したりするなど地域に入り込みながら生活をしていると言います。
「何もないのが良いところ!」自然に囲まれた中での現在の暮らし
栃木市での生活を始めて10年以上が経つ山下さんですが、現在の暮らしについて伺うと「よく何もないところと言われますが、それが逆に良いところだと思っています」と話します。妻と子どもと3人で暮らす山下さんは、自然に囲まれた環境で子どもと虫や魚を探すことや星を眺めることなど田舎ならではの生活を送っていると言います。「今の暮らしに不満や苦労を感じることは一切ないですね!自然の中で暮らすことでなんとなく心が落ち着くんです」と話します。
今回の取材を通じて、山下さんの「一度距離を縮められればすごく面倒をみてくれる」 という言葉が印象的でした。地域の方とつながりを作っていくためには、自ら飛び込む姿勢が大切だと感じました。
(取材日:10月24日)
